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大動脈弁形成術および大動脈弁温存基部置換術について

大動脈弁形成術に関するご質問・お問い合わせは、

専用メール fmu.aorticvalverepair@gmail.com

福島県立医科大学 心臓血管外科外来 直通電話:024-547-1224

までお気軽にお問い合わせください。(担当;心臓血管外科学講座 五十嵐 崇)

大動脈弁形成術について

  1. 対象となる患者さん
  • 主に大動脈弁閉鎖不全症で手術を必要としている患者さんが対象になります。大動脈弁に「粘液変性」と呼ばれる加齢性の変化が生じて弁尖の接合が不完全になり、血液の逆流を生じているような患者さんの場合、ご本人の大動脈弁を温存したまま修復して逆流を制御できる可能性があります。
  • 大動脈弁狭窄症の患者さんの場合でも、先天性二尖弁(通常大動脈弁は三尖ですが、100人に0.5-1人くらいの割合で二尖弁の方がいます)によって弁尖の一部のみが硬化しているような場合には、この硬い部分だけを切除した上で、大動脈弁を温存して修復できる可能性があります。

図1;大動脈弁閉鎖不全症の心臓エコー検査 大動脈弁の構造が壊れているため、高度の逆流を生じています。

  1. 大動脈弁形成術のメリットについて
  • 大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症に対しては、自己弁を切除し、人工弁を移植する「大動脈弁置換術」がゴールデンスタンダードの治療です。この置換術は歴史のある治療で再現性があり(多くの病院で実施可能であり)、確実性も高い優れた治療法です。一方で、「人工物が心臓に移植される」治療であるため、いくつかの問題点も抱えてしまいます。

 

  • 弁置換術の問題点 その1;血栓弁

人工弁には血栓(血液の塊)がこびりつくことがあります。これらが弁の動きを妨げると、弁の開放や閉鎖が不完全になり、心不全(心臓に負担がかかり、十分に機能できなくなる状態)の原因となります。

また、血栓が遊離した場合、どこかの血管を閉塞させてしまう「塞栓症」を引き起こす可能性があります。脳血管に閉塞を生じれば脳梗塞を引き起こすことになり、麻痺など重症な後遺症を残す可能性があります。

人工弁には機械弁と生体弁の2種類があり、生体弁では血栓弁は生じにくいとされていますが、自己弁と比較すれば多いことも事実です。60歳以下の若年齢の患者様の場合、長期耐久性を優先して機械弁を選択することが一般的ですが、この場合には血栓弁の予防のために抗凝固療法(血液を固まりにくくするお薬を生涯内服することになります。)が必要になります。この抗凝固療法は、医療の様々な場面で使用されている重要な治療法ですが、残念ながら副作用を少ないながらも生じ得ます。代表的かつ最も重要な副作用は「出血」です。脳出血のような重要臓器の出血を引き起こす可能性があります。

 

  • 弁置換術の問題点 その2;人工物感染

現代医療においては、体内に様々な人工物が移植される場合があります。手術であれば、人工関節や人工内耳、眼内レンズなどがそうです。心臓手術で移植される人工弁も含めてこれらの人工物が移植後に感染してしまう「人工物感染」の可能性があります。人工物は自己組織と異なり、それ自体には血流がありません。このため免疫機能が十分働かないため、一旦人工物を温床として感染が成立してしまうと、その人工物ごと交換して感染を取り除かないと感染治癒を得ることが困難です。「人工弁感染」の場合、再心臓手術で人工弁を交換することになりますが、初回手術と比べて手術のリスクは若干高くなります

 

  • 弁置換術の問題点 その3;耐久性

生体弁と機械弁を選択する上で大きな要素の一つは手術時の年齢です。生体弁は移植後10年で再手術回避率が約10-15%程度です。つまり70歳以上の患者さんであれば一度の手術で生涯を全うできる可能性が高いことになります。一方で60歳以下の患者さんの場合、生体弁の劣化に伴い再手術が必要になる可能性が高くなります。このため、60歳以下の患者さんが弁置換術を必要とする場合、長期耐久性を考慮して機械弁を選択することが一般的です。

 

  • これらの弁置換術の問題点を補いうる選択肢が弁形成術です。この手術では自己弁の壊れ方のタイプに応じて、それを修復するためのテクニックを組み合わせて理想的な弁の形態を取り戻すことが可能であり、弁置換を回避できます。自己弁が温存できるのであれば、
  • 血栓弁や弁感染のリスクかなり低く抑えることができます
  • 術後に抗凝固療法は当然必要ありません。抗血小板療法すら必要ありません(同時に不整脈がおありの方だと必要になる場合があります)。
  • 長期耐久性に関しては生体弁と比較しても同等以上で(術後15年での再手術回避率が約8-9割と言われています)、特に生体弁置換の場合に劣化のスピードが速いとされる若年者(50歳以下などの方です)においては、生体弁置換術と比較して良好な長期耐久性が期待できます

図;Remodeling法を用いた大動脈弁形成術の長期成績
Hans-Joachim Schäfersら 「Reexamining remodeling」J Thorac Cardiovasc Surg 2015;149:S30-6より引用

 

  1. 大動脈弁形成術の実際
  • 大動脈弁形成術は大きく分けて3つの手技の組み合わせです。
  • 弁尖の逸脱に対する「弁尖縫縮術(central plication)」

弁尖が粘液変性したことにより組織が余剰になると「逸脱」と呼ばれる弁尖の接合不全を生じる状態になります。これを修正するために、弁尖の中央を少しずつ縫い縮めて弁尖の高さを調整する方法です。

図;3つの弁尖の高さを調節するために接合部の中央で自由縁を縫縮するCentral plicationを行なっています。

  • 弁輪拡大に対する「弁輪縫縮術(annuloplasty)」

弁輪が拡大すると弁尖の接合が不完全になります。これを修正するために拡大した弁輪に沿ってゴアテックス縫合糸を用いた波縫いを行い、弁輪を適切な大きさに縫縮する(巾着袋の首のように)方法です。

図;ゴアッテクス縫合糸を用いた弁輪縫縮術
Ulrich Schneiderら 「Suture Annuloplasty Significantly Improves the Durability of Bicuspid Aortic Valve Repair」Ann Thorac Surg 2017;103:504-10より引用

  • 拡大した基部および上行大動脈に対する「人工血管置換術」
  • 大動脈弁と接続している大動脈基部(バルサルバ洞と呼ばれます)や上行大動脈の拡大(いわゆる大動脈瘤の状態などです)によって弁尖やその付着している部分が牽引されると接合不全の原因になります。この場合は拡大した大動脈壁を切除して人工血管を用いて再建する「大動脈弁温存基部置換術」が適応になります。
  • 当科では生理的なバルサルバ洞の形態を再現するRemodeling法(Yacoub法)を採用しています。この方法だと、手術後の大動脈弁の開放及び閉鎖の運動が正常に近い状態となるため、弁にかかるストレスが軽減される可能性があり、長期的な弁の安定性に優れていると考えています。
  • バルサルバ洞の拡大が軽度で、上行大動脈の拡大が主体の場合には、上行大動脈のみの人工血管置換術を行います。
  • またこれらの手術は大動脈弁閉鎖不全症の患者さんのみではなく、バルサルバ洞や上行大動脈の拡大が著しい、いわゆる胸部大動脈瘤の患者さんに対しての治療としても行われることがあります。

図;人工血管を用いたRemodeling法による大動脈基部の再建

  1. 大動脈弁形成術の問題点

様々なメリットを持った大動脈弁形成術ですが、現状では問題点もあります。

  • 実際に弁温存が可能かどうかは、最終的には術中の肉眼的な弁の評価によって決めざるを得ないこと;弁の壊れ方をある程度術前検査で予測可能ですが、弁の変性が予想を超えて強い場合は、温存が難しいことがあります。
  • 70歳以上の高齢者に対する治療法として、生体弁置換術と比較した場合の利点が現時点では明らかではない;生体弁による弁置換術と比較した場合、血栓弁や人工弁感染の観点からはメリットがあるものと考えますが、科学的に直接比較した研究が無いため、現時点では生体弁置換が適応となる70歳以上の患者さんに対しては大動脈弁形成術の適応は慎重であるべきと考えています。
  • 大動脈弁形成術において良好な結果を得るためには、術前の診断、逆流のメカニズムについての分析、実際の手術手技に関して若干の経験を要すること

 

などが挙げられます。

 

これらのことを踏まえて、我々の考える大動脈弁形成術が望ましい患者さんとしては、

 

  • 若年齢で大動脈弁手術を要する患者さん

65歳未満の方の場合、人工弁置換であれば機械弁を選択される可能性が高く、これを回避できる可能性があります。終生の抗凝固療法を回避できるメリットは大きいと考えます。

 

  • 若年女性で妊娠・出産の可能性を温存したい場合

抗凝固療法で用いられるワーファリンというお薬は催奇形性の問題出産時の出血の問題があるため、通常であれば妊娠・出産はできないと考えられます。若年女性が機械弁置換を受けた場合、妊娠・出産は困難となってしまうということです。妊娠・出産の可能性を残したい場合に、弁形成術は威力を発揮する手術だと言えます。

 

  • 抗凝固療法を回避したい患者さん

ワーファリンを内服する患者さんは通常は4-6週間に一度外来で血液検査を行い、薬の効き具合が適正かどうか確認しなければなりません。薬の効果に影響するような食品は極力避けるように食事に気をつけなければなりません。出血を生じないように怪我には特に気をつけないといけません。激しいスポーツはできなくなります。このようなライフスタイルの制限を望まない患者さんの場合や活動的な生活を維持していきたい患者さんの場合、弁形成術のメリットがあります。

 

  • 大動脈弁や大動脈基部に対する治療が必要な患者さんで、弁温存手術についてご興味・ご質問がおありの方はどうぞお気軽にご相談ください。
  • 毎週金曜日の午後に大動脈弁形成術に関するご相談をお受けする外来を担当しています。診察や面談、セカンドオピニオンをご希望の方は福島県立医科大学附属病院 心臓血管外科外来(外来直通電話:024-547-1224)にお問い合わせください。
  • その他、大動脈弁形成術、大動脈弁手術、大動脈基部の手術などに関するご質問・ご相談は「大動脈弁形成 専用メールアドレス」を開設しておりますので(アドレス;fmu.aorticvalverepair@gmail.com)、こちらに直接メールでお問い合わせいただくことも可能です。

 

ひとりでも多くの患者さんに最善の手術を届けられるように取り組んでいます。

是非お気軽にお問い合わせください。

 

 

 福島県立医科大学 心臓血管外科学講座

大動脈弁形成外来担当 助教 五十嵐 崇

2004年 福島県立医科大学卒業

2006年 福島県立医科大学 心臓血管外科学講座入局

2010年 心臓血管外科専門医取得

2015年 福島県立医科大学大学院博士課程修了

2016年-2018年 ドイツ連邦共和国ザールラント大学胸部心臓血管外科 留学

2018年 心臓血管外科専門医認定機構 修練指導医取得

2018年9月より現職

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