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当科が治療の対象としている各疾患分野についてのご説明です。
虚血性心疾患
心臓は全身に血液を送るためのポンプです。単純な機能ですが、働きが低下したり、休んだりすることは命に関わります。生命に直結する働きをしていることはご存じの通りです。
ポンプとしての働きは、すなわち筋肉の収縮です。筋肉が動き続けるためには栄養や酸素が必要です。それを送っているのが血管です。心臓の表面には冠動脈という血管が大動脈から右1本(右冠動脈)、左は1本(左冠動脈主幹部)から短い距離で2本(前下行枝と回旋枝)に分かれて心臓の表面を走行し、さらに枝分れしながら心臓の筋肉の隅々に栄養や酸素を送っています。
高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、高尿酸血症、腎臓機能低下に加えて年齢を重ねると動脈硬化が進みます。動脈硬化が高度に進んでゆくとさらに血管が硬くなり、血管壁が厚くなってしまうため、血管の通り道がさらに狭くなってゆきます。この冠動脈が狭くなったり、閉塞すると心臓の筋肉に十分な栄養や酸素が届かなくなります。
狭くなって血液低下が強くなって引き起こされる状態が狭心症です。一方、閉塞した場合は心筋梗塞となり、さらに重症な状態に陥ります。
狭心症とは?
心臓の筋肉に酸素や栄養が不足すると心臓の筋肉が酸素不足となり、心臓の収縮が低下するため、胸痛や呼吸苦などを認めるようになります。この状態を狭心症と呼びます。まだ心臓の筋肉は回復可能です。
心筋梗塞とは?
狭心症の状態よりさらに進行した状態であり重症です。冠動脈が閉塞あるいはそれに近い状態になると栄養や酸素が全く行かなくなるため心臓の筋肉は壊死し、回復不可能な状態になってしまいます。このような状態が続くと、全身の血液の循環が悪くなり、いわゆる心不全になります。心不全が続くと肝臓や腎臓などの全ての臓器に負担がかかり、腎不全や肝不全を引き起こしたり、肺での循環も悪くなり肺に水が溜まり(肺水腫)、やがて多臓器不全になり重篤になります。
治療方法は?
心臓の動きをよくするためには心臓の筋肉への血流(栄養、酸素)を回復させる必要があります。
多くの場合、狭心症や心筋梗塞になった方には血管を拡張する薬、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬や抗凝血薬)や、心臓の筋肉を保護するような薬で治療をおこないますが、より症状が強い場合にはカテーテル治療や冠動脈バイパス手術が必要になります。
カテーテル治療(Percutaneous Coronary Intervention:PCI)
冠動脈の狭窄病変が少ない場合には薬やカテーテルによる治療(PCI)を優先して行います。しかし、左冠動脈主幹部(前述)および複数の冠動脈に狭窄・閉塞が認められた場合やカテーテル治療が困難な場合には冠動脈にバイパス(迂回路)を作る手術治療が勧められます。
カテーテル治療とは手首や鼠径部(足の付け根)の動脈よりシースという太い管を刺入してこれを冠動脈の入り口まで進めます。このシースを使用して、折りたたまれた風船(バルーン)や折りたたまれたステント(筒状の金属の金網)を挿入し、狭くなった冠動脈を押し広げて血液の通りをよくします。
冠動脈バイパス手術(CABG:Coronary Artery Bypass Grafting)
冠動脈バイパス手術は、カテーテル治療の考え方と大きく違っています。狭くなっている先に血液が十分行き渡らない状態を解決する方法として、狭い場所を広げるのがカテーテル治療ですが、バイパス手術は狭くなっている所には直接手を付けず、その先の血管に血流の良い新たな血管をつなぐ(血流の迂回路=バイパス)ことで、心臓の筋肉へ血流を増やす治療です。
バイパスとして使用される新たな血管(グラフト)としては、胸骨(前胸部中央の骨)の裏側に存在する内胸動脈(左右に1本ずつ)、胃に沿って存在する右胃大網動脈、肘から手関節の範囲に存在する橈骨動脈や、足の皮下にある大伏在静脈などが使用されます。これらの血管は採取しても体に大きな影響を及ぼすことはありません。
当施設の冠動脈バイパス手術は、両側の内胸動脈を使用した術式が標準術式であり、現在90%を超える患者さんに使用していますが、その他のグラフトも病気の場所、数、患者さんの状態を考えて使用しています。
冠動脈バイパス手術の効果としては、症状が軽減・消失することはもとより、将来的に心筋梗塞を起こす危険も軽減することが期待できます。また、カテーテル治療に比較して長生きできる効果(長期生存改善効果)も期待できます。
心臓の手術は一般的に心臓を一時的に停止させて行う心停止下の手術が多く、その際には心臓と肺の代わりとなる人工心肺といった装置が必要になります。しかし当科では原則として、人工心肺を使用しないで心臓が動いたまま冠動脈の血管をつなぐ(吻合)、心拍動下バイパス術(Off Pump CABG)を90%以上の患者さんに行っています。それにより心臓を止めることや人工心肺を使うことによる体への負担が軽減されることが期待されます。
カテーテル治療は循環器内科、冠動脈バイパス手術は心臓血管外科が担当します。当院ではガイドラインに基づいた治療を行っております。たとえば冠動脈に狭窄があったとしても有意な狭窄ではない場合は内服治療にて経過を見ることもあります。また治療選択が難しい場合は、毎週行われる循環器科と心臓血管外科でのカンファレンスで議論し、患者さんにあった適切な治療を提案しています(ハートチームによる治療)。
一般的な手術後の経過は、手術翌日ICUから一般病棟に移動。心臓リハビーテーションプログラムに沿って翌々日には起立、歩行、食事が開始されます。術後7日程度には病棟内を歩行できるようになり、術後評価を経て術後14日までには退院できる状態になります。
骨格筋由来細胞シート(ハートシート)心表面移植術
当院は虚血性心疾患による重症心不全に対する骨格筋由来細胞シート(ハートシート)心表面移植術の認定施設となっています。カテーテル治療や冠動脈バイパス手術、内服治療を行っても心臓の機能が回復しない患者さんを対象とした治療法です。
心臓弁膜症とは
心臓は解剖学上、心筋壁によって右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋に分かれており、それぞれが協調して収縮・拡張することで、常に血液を一定方向に駆出しています。すなわち、全身から戻ってきた血液は大静脈を通って右心房から右心室に流れ込み、右心室から送り出された血液は肺動脈を通って肺に流れ、ガス交換が行われます。肺で酸素化された血液が肺静脈を通って左心房にから左心室に送られ、左心室から大動脈に送り出され、全身に流れていきます(図1)。
図1;心臓の解剖
このように、心臓が一定方向に効率よく血液を送り出すために、心臓の部屋と部屋の間には、「弁膜」というしきりがあり、逆流防止弁の役割を担っています。(図2)
この弁膜(弁)は4つあり、右心房と右心室の間の弁が「三尖弁」、右心室と肺動脈の間の弁が「肺動脈弁」、左心房と左心室の間の弁が「僧帽弁」、左心室と大動脈の間の弁が「大動脈弁」となっています。
これらの弁が心臓の収縮・拡張と連動して開閉することで、心臓は絶えず血液を送り出すポンプとしての機能を維持しています。
図2;心臓の4つの弁
しかし、これらの弁が何らかの原因で、開きが悪くなると血液の流れが制限されたり(狭窄症)、閉まりが悪くなると血液が逆流したり(閉鎖不全症)することがあり、これを「心臓弁膜症」と呼びます。
狭窄症や閉鎖不全症を放置すると、心臓に負担がかかり心機能が低下するばかりでなく、息切れや胸の苦しさ、浮腫みといった心不全症状を生じたり、不整脈の出現を認めたり、さらには肺や肝臓、腎臓などの全身の重要な臓器にも負担がかかり、進行すれば全身状態の悪化が予想されます。
心臓弁膜症の治療
弁膜症は、個人差はありますが進行性の病気です。弁膜症が軽度、または無症状の場合は利尿薬(尿を出しやすくするお薬)などの薬物による対症療法が行われますが、根本的な治療は手術以外ありません。息切れなどの自覚症状を認める場合や、心機能が低下してきた場合などには手術が考慮されます。
手術を行うことで、心臓の負担を軽減し、未治療で経過した場合の心機能低下も予防できます。日常生活においても、息切れや浮腫みといった症状が改善されることが予想されます。また、手術後の生存期間が延長することが期待されます。
心臓弁膜症の手術
手術には、病変がある弁に対して、自己の弁を温存して修復する「弁形成術」と、人工弁に交換する方法「弁置換術」があります。
人工弁には生体弁(ウシの心膜やブタの大動脈弁を用いた生体由来の人工弁)とカーボンなどの金属からできた機械弁があり、各々以下のような特徴があります(図3)。
生体弁は、機械弁に比べて抗血栓性に優れるため、血栓塞栓症に伴う合併症が少なく、抗凝固療法の必要性が軽減でき、そのため抗凝固療法に伴う出血の合併症が少ないという利点があります。一方で、機械弁に比べて耐久性に劣ることから再手術の確率が高いという欠点があります。一般に10-15年で劣化を生じるとされています。機械弁の最大の利点は、耐久性に優れていることです。しかし、生涯にわたる抗凝固療法(血液を固まりにくくする薬を内服)が必要であり、定期的な通院による血液検査や、納豆などの特定の食品の摂取禁止など、生活に一部制限が強いられます。また、出血の合併症を生じる可能性があります。これらの長所・短所を踏まえて、患者様の年齢や合併疾患、生活スタイルに応じて最善の選択を行なっています。
弁形成術の場合、自己弁膜の温存が可能であり、抗凝固薬(血液をサラサラにするお薬)の内服が不要であったり、心機能の温存に有利とされます。
弁組織の変性が高度で形成が困難な場合には弁置換術が選択されますが、可能な限り積極的に弁形成術に取り組んでおります。
図3;人工弁
僧帽弁形成術
心臓弁膜症の一つに僧帽弁閉鎖不全症があります。これは、左心房と左心室の間にある僧帽弁の閉まりが悪くなる病気で、僧帽弁逆流により息切れなどの心不全症状や不整脈、心機能の低下を生じます。僧帽弁は2枚の弁尖で構成されており、ヒモ状の腱(腱索)によって左心室(乳頭筋)から引っ張られていますが、組織変性などによりこれらの構造が壊れてしまうことなどで弁閉鎖不全が起こります(図4)。
図4;僧帽弁閉鎖不全症
治療法として僧帽弁形成術が広く行われており、病変のタイプに応じて切除や縫合、腱索の再建(人工腱索)などを行い、さらに弁輪に人工のリングを縫い付けて逆流の再発予防を講じます(図5)。僧帽弁形成術では、自己弁が温存可能なため、生涯にわたる抗凝固療法が不要であり、心機能の温存や遠隔予後に有利とされています。ただし自己弁の変性が高度であるなど、自身の弁の修復が困難な場合は、人工弁による僧帽弁置換術が必要となります。当科では、僧帽弁形成術が可能な症例においては弁形成術を基本方針としており、患者様の生活の質の向上に努めています。
図5;僧帽弁形成術
はじめに
「一緒に力を合わせてこの難局を乗り越えましょう。」手術説明の際に私がご両親にかける言葉です。心臓病のこどもは100人に1人の頻度で生まれ、そのうち8割のこどもに手術治療が必要とされています。思ったより多いと思いませんか?これまで当院で多くのこどもたちが心臓手術を受け、笑顔で元気に退院していきました。しかし、ほとんどの家族にとって、愛する我が子の心臓手術は初めての経験であり、手術に向けての不安は言葉では言い表せないほどでしょう。心臓手術は、ホクロの切除や、まぶたを二重にするような手術とは一線を画します。生命に係わる手術なのです。不安を取り除き、少しでも家族の気持ちに寄り添った治療を行いたい。ご両親と私たち医療者は病気と戦う同士なのです。我が子を治療するつもりで、全力で治療に望みます。冒頭のことばはその気持ちの現れです。今の難局を乗り越えれば未来が拓けます。さあ顔を上げて、勇気を持って一緒に頑張りましょう。
講師 若松大樹 医学博士
Hiroki Wakamatsu, MD, PhD 栃木県立栃木高校卒 平成11年 福島県立医科大学医学部卒 外科専門医 心臓血管外科専門医 心臓血管外科修練指導者 心臓血管外科国際会員 |
当科での治療対象心疾患
診療について
心臓病を抱えたこども達は県内各地から当院に集まってきます。そのため多岐にわたる疾患に対して、幅広い治療が求められます。東日本大震災の年に手術件数の減少がありましたが、最近は増加傾向にあります。当院にはNICU(新生児集中治療室),PICU(小児集中治療室)があり、新生児や乳児の手術割合が多い特徴があります。成人期に達した先天性心疾患に対する外科治療も行っています。手術症例数や、手術内容にも若干の違いがあるため単純な比較は困難ですが、全国成績に比べても良好な治療成績を収めています。
①手術症例数の変遷